こんにちは。行政書士の落合です。
「相続人調査」という言葉を聞くと、多くの方は「役所の窓口に行って、亡くなった人の出生から死亡までの戸籍謄本をひと通り集めて、そこに載っている家族を確認すればいいのだろう」と思われるかもしれません。
最近では、全国どこの市区町村窓口からでも他地域の戸籍を取り寄せられる「広域交付制度」も始まり、戸籍を集めること自体のハードルは以前よりも下がってきました。
しかし、わたしたちが日々向き合う相続人調査は、単なる「戸籍の収集作業」ではありません。集まった戸籍という名の『歴史の記録』から、当時の法律を引っ張り出してきて、正しく意味を読み解くという、非常に専門性の高い業務なのです。
特に、亡くなられた方がご高齢の場合や、何世代にもわたって名義が古いまま放置されていたようなケースでは、現代の法律(現行法)の物差しだけでは絶対に解けない、明治・大正・昭和の法律の罠がいくつも仕掛けられています。
「戸籍を取得できること」と「戸籍を正しく読めること」の間には、実はとても深い川が流れているのです。
今回は、私が行政事務に携わっていた頃の経験を踏まえ、日本の相続制度の沿革と、戸籍を読み解くことの本当の難しさについて、一歩踏み込んでお話しいたします。
目次
1| 戸籍制度と民法の変遷:タイムスリップする3つの世界
1-1 旧法(旧民法)の世界:昭和22年5月2日以前
1-2 新法の世界:昭和22年5月3日 〜 昭和55年12月31日
1-3 現行法の世界:昭和56年(1981年)1月1日 〜 現在
1| 戸籍制度と民法の変遷:タイムスリップする3つの世界
私たちが手にする古い戸籍は、作られた時代によって適用されている法律が全く異なります。相続人調査とは、そのご先祖様が生きていた時代へとタイムスリップし、以下の「3つの法律の世界」を正確に行き来する作業にほかなりません。
1-1 旧法(旧民法)の世界:昭和22年5月2日以前
戦前の、いわゆる「家(いえ)制度」が絶対だった時代の法律です。 この時代の最大の特徴は、財産は家族みんなで分けるものではなく、次のリーダーである戸主が1人で引き継ぐ「家督相続(かとくそうぞく)」が原則だったという点です。長男がすべての権利を引き継ぐため、残された妻や次男、長女には、法律上の取り分(法定相続分)は原則として存在しませんでした。
1-2 新法の世界:昭和22年5月3日 〜 昭和55年12月31日(応急措置法を含む)
戦後、日本国憲法が誕生し「個人の尊厳と両性の平等」がうたわれたことで、この日が日本の家族法における最大のターニングポイントとなりました。古い家制度は廃止され、「家族みんなで遺産を平等に分け合おう」という、現代に近いルールがスタートしたのです。長男の一人占めはなくなり、妻や次男、長女にも平等に権利が生まれました。
ただし、この「新法」のスタート当初は、配偶者(妻や夫)の取り分は今ほど多くありませんでした。子どもと一緒に相続する場合、配偶者の取り分は「3分の1」であり、残りの3分の2を子どもたち全員で分けるというバランスでした。
1-3 現行法の世界:昭和56年(1981年)1月1日 〜 現在
長年連れ添った配偶者の貢献度をより高く評価しようという時代の流れから、昭和56年の元旦にルールが改められました。ここでようやく、配偶者の取り分が「3分の1」から「2分の1(半分)」へと大きく引き上げられたのです。
法律の世界には、「相続は、その原因が発生した(ご先祖様が亡くなった、あるいは後述する隠居が成立した)当時の法律が適用される」という大原則があります。そのため、亡くなった日付がたった1日ズレるだけで、誰がどれだけの権利を持つかの正解がドミノ倒しのようにガラリと変わってしまうのです。
2| 実務家が最も神経を尖らせる「隠居相続」
こうした歴史の沿革を紐解く上で、現代の私たちが最も混乱しやすく、同時に実務上で細心の注意を払わなければならない伏兵が、旧民法下に存在した「隠居(いんきょ)」です。
現代の感覚で「隠居」といえば、仕事をリタイアして第二の人生をのんびり楽しむといった、個人的なライフスタイルを指します。しかし、戦前の家制度における「隠居」は、戸籍にしっかり記録される「法的な大イベント」でした。
現代の相続は、人が「死亡」した瞬間にしか始まりません。しかし古い戸籍を調査していると、ご先祖様が「まだ元気に生きているのに、相続が始まっている」という、不思議な記載に出会うことがあります。これが、隠居を原因とする家督相続です。
旧民法では、戸主が「満60歳以上」になるなどの一定の条件を満たし、「私は次の世代にリーダーの座を譲ります」という隠居の届け出を出すと、本人の生存中であっても、その瞬間にすべての家督財産が次の跡取りへと法的に移転してしまいました。
この「隠居相続」が絡むと、なぜ調査が複雑怪奇になるのかというと、そこには「二重構造の罠」があるからです。
隠居した時点で、それまでの財産は次の戸主に移ります。しかし、リーダーの座を降りて「一人の個人(隠居した人)」となったご先祖様が、その後、隠居した後に新しく得た資産を持ったまま、戦後になって本当の「死亡」を迎えた場合、どうなるでしょうか。
この場合、隠居した日の時点で戦前のルールに従って引き継がれた財産と、その後亡くなった日の時点で戦後のルール(新法や現行法)に従って家族みんなで分けるべき財産という、「1人の戸籍から、全く異なる2つの法律のルートが同時に出現する」ことになるのです。
戸籍には「〇年〇月〇日隠居」「〇年〇月〇日死亡」と事実が淡々と書かれているだけです。しかし、その文字の裏にある法的な意味や、どのタイムラインでどの法律の物差しを当てるべきかを正確に見極めるには、当時の制度に関する深い知識が絶対に不可欠なのです。
3| 昔の戸籍ほど専門家の知識が問われる理由
現在の戸籍はすべてコンピュータ化されており、明朝体のすっきりとした文字で書かれているため、非常に読みやすくなっています。しかし、出生まで遡って戸籍を追跡していくと、大正・明治時代に作られた「改製原戸籍(かいせいはらこせき)」や「除籍(じょせき)」に必ず行き着きます。
これらはすべて、当時の役所の担当者が墨と筆を使って手書きしたものです。 独特の崩し字や、今では使われていない古い漢字(旧字体)で書かれているため、慣れていないと名前や日付を読み間違えることすら珍しくありません。
さらに難しいのは、戸籍の「読み方」そのものです。 昔の戸籍は、現代のように「ひとつの夫婦とその子ども」単位で作られているのではなく、「家」の単位で作られていました。そのため、ひとつの戸籍の中に、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、いとこまで、大勢の親族が同居するように記載されています。
その大勢の記載の中から、 「この人は、大正〇年に『分家(ぶんけ)』して別の戸籍を作ったから、今回の相続には関係ない」 「この人は、昭和〇年に『養子縁組』をして別の家に入ったけれど、実親の権利はどうなるのか」 といったことを、戸籍の端に小さく書かれた「身分事項欄」の筆文字からミリ単位で読み取っていかなければならないのです。
現在の感覚だけで「なんとなく」戸籍を読んでいると、こうした古い制度の記載に気づかず、重要な事実を見落としてしまう危険性が非常に高くなります。
4| 相続人を見落とすことの恐ろしさ
相続人調査において、私たちが最も避けなければならないのは、言うまでもなく「相続人の見落とし」です。
「うちは普通の家族だから、見落とすような人なんていないよ」と思われるかもしれません。しかし、戸籍を一番奥底まで遡ってみて 初めて、
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亡くなった先代が、若い頃(前婚時代)にもうけていた子が存在した
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婚姻関係にない相手との間に生まれ、法的に「認知」していた子がいた
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古い時代に、親族間で書類上だけの「養子縁組」がされていた
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先述した「家督相続」や「隠居」の関係で、実は現代の法律では想像もつかない遠方の親戚に権利が繋がっていた
といった事実が判明するケースは、実務の現場では決して珍しいことではありません。
もしも、こうした相続人を一人でも漏らしたままで進めてしまうと、後から「あの人は誰?」という存在が発覚した瞬間に、それまでのすべての前提が崩れ、すべてが最初からやり直しになってしまいます。それまで費やした時間や、親族間での話し合いの努力がすべて無になってしまうことほど、悲しいことはありません。だからこそ、どれだけ時間がかかっても、この最初の「土台」を100%正確に固める必要があるのです。
5| まとめ~未来へ進むための、安心の土台作りのために~
日本の戸籍制度は、ご先祖様たちがそれぞれの時代を懸命に生き、命と財産を次の世代へ繋ごうとしてきた「家族の歴史の縮図」がすべて刻まれています。
しかしその記録も、時代ごとに変わる「法律の物差し」という鍵を持っていなければ、正しく扉を開けることはできません。本籍地を何度も変えている場合や、戦前の戸籍まで遡る必要がある場合には、書類を集めるだけでも想定以上の時間がかかります。さらに、集まった山のような古い筆文字の戸籍を前に、途方に暮れてしまう方も少なくありません。
だからこそ、相続の第一歩である相続人調査は、できるだけ早い段階で、そして確かな知識を持つ専門家にお任せいただきたいのです。本コラムに記せた規定もほんの一部で、まだまだ気を付けなければならない細かなルールが旧法から現行法に至るまでにはあります。
当事務所では、相続人調査を重要な業務の一つとして取り扱っております。 現行の法律はもちろんのこと、旧民法下の複雑な家督相続、遺産相続や隠居相続、そして明治・大正時代の達筆な手書き戸籍の調査・解読にも、これまで多くの経験を積んでまいりました。
「手元に戸籍を集めてはみたけれど、内容が複雑でよく分からない」
「古い『隠居』の記載が出てきて、誰が正解なのか整理がつかない」
「後からトラブルにならないよう、プロの目で完璧に確認してほしい」
そのようなときは、どうぞお気軽に当事務所へご相談ください。 まごころを込めて全力でサポートいたします。
執筆者
行政書士おちあい事務所
行政書士 落合真美
遺言、任意後見、死後事務委任などの生前対策や相続手続き、各種許可申請などでサポートを提供。人に、事業に、寄り添うことを大切にしています。